区分マンション投資、強者は借主?弱者は貸主?「所有しているのに自由にできない」大家の現実

区分マンション投資のような不動産投資の強みとして、しばしば「インフレとの相性の良さ」が挙げられます。

金利上昇の背景にはインフレがありますが、物価が上がる時代に現金だけを持っていれば、その実質的な価値は目減りしていきます。一方、家賃収入を生む不動産という実物資産を持っていれば、相対的な資産価値を守ってくれる——これが「不動産はインフレに強い」とされる理由です。

しかし、区分マンション投資を実際にやってみると、なかなかこのセオリーどおりにはいきません。

最近つくづく実感するのは、

強者は借主であり、貸主はむしろ弱者になりつつある

ということです。

「区分マンション投資=家賃収入を得る安定した資産運用」という一般的な?イメージに対して、実態は「賃貸経営では貸主側の自由度がかなり低い」というものです。

本記事では、なぜ「貸主(大家)は弱い」と感じるのか、具体的にどこで貸主が不利な立場に置かれているのか、そして私のようなサラリーマン投資家はそれをどう受け止め、どう考えていくべきかを整理していきます。

「大家=強者」だと思っていた

区分マンション投資の話を持ちかけられた当初、私は「大家=強者」というイメージを勝手に抱いていました。羽振りがよく、資産家で、お金に不自由していないおっさん、というイメージです。

毎月、借主から家賃を受け取る立場である以上、借主より貸主(大家)の方が経済的に強い立場に見えるのは、ある意味自然な発想だと思います。

ところが、実際に区分マンションを所有し、賃貸に出してみると、

あれ?むしろ大家のほうが自由に動けないのでは?

と感じることが多々あります。

家を貸してあげている」という上からの感覚よりも、「家を借りていただいている」という感覚の方が、圧倒的に強いのです。

賃貸借契約や法律、住宅市場の構造を踏まえると、貸主と借主ではそもそも持っているカードの枚数が違い、構造的に借主の方が有利になりすぎている、というのが実感です。

なぜ「借主>貸主」と感じるのか

「強者・弱者」という言葉だけでは、何の根拠もない、単なる個人の感想になってしまいます。

そこで、貸主と借主がそれぞれ持つ実際の意思決定権を整理し、なぜ「借主>貸主」と感じるのかを具体的に考えていきます。

借主は「住み続ける」という選択肢を持っている

貸主が自身が所有する賃貸物件を、

・売却したい
・自分で使いたい
・家賃を上げたい
・契約を終了したい

と思っても、それは簡単には実現しません。

一方、借主側には、

・更新する
・退去する
・引っ越す

という選択肢があります。

つまり、

所有している=自由に決定権を行使できる」ではない

ということです。

これは、借地借家法によって借主の居住の安定が一定程度保護されており、貸主から契約を終了させる場合には、借主側からの解約よりも厳しい条件が課されるためです。

特に、賃貸借契約における契約終了の自由度は、貸主側が低いです。更新してもらいたかったり、逆に契約を終了したい場合も、貸主側(大家)は決定権を持てません。

「所有者なのに自由に使えない」という不思議

「自分のマンションなんだから、必要になったら自分で使えばいい」

本来はそう思いたいところです。

しかし、賃貸中であれば、話はそう簡単ではありません。

正当な理由なく入居者に退去を求めることはできず、たとえ所有者自身であっても、契約期間中は自由にその部屋を使うことはできないのです。

つまり、

所有権と使用権は同じではない

ということです。

区分マンション投資では、

自分のお金で買った物件なのに、入居者がいる間は自分の自由には使えない

という、一見すると不思議な状況が生まれます。

ここで気づくのは、

不動産投資とは、実は『所有すること』よりも『他人に使ってもらう権利を持つこと』に近いのではないか

という感覚です。

トラブルが発生したとき、大家側の負担が大きい

賃貸物件の所有者は大家(オーナー)であるため、備え付けの設備にトラブルが生じたとき、基本的には大家側の負担することになります。

例えば、

・エアコンが故障した
・給湯器が壊れた
・水漏れした
・鍵のトラブルが発生した
・設備が古くなった
・入居者から修繕を求められた

といったケースです。

借主からすれば、

設備が壊れたので直してください

で話は終わります。しかし大家側には、

管理会社から連絡を受ける → 業者を手配する(あるいは管理会社に手配を依頼する) → 見積もりを取る → 修理依頼する → 支払う

という一連の対応が発生します。

つまり、ここで言いたいことは「大家は費用負担を多く抱えているから弱くなりやすい」ということです。

例えば、家賃10万円の物件を所有している大家がいるとします。家賃が10万円から9万円に下がっても、ローン返済額が9万円になるわけではありません。逆に金利が上がり、ローン返済額が10万円に上がっても、家賃を10万円にできるわけでもありません。

管理費も修繕積立金も固定資産税も、基本的にはそのままであり、設備トラブル時の修理費用等は家賃収入の中で十分に賄えているわけではないのです。

「家賃を払ってくれるから借主が強い」のではない

これは、

借主=善、大家=悪

という単純な話ではありません。

むしろ、

住宅という生活に直結する商品だからこそ、借主を一定程度保護する必要がある

という社会的な理由があります。

一方で大家側も、

・資本を出している
・多額のローンを背負っている
・修繕費を負担する
・税金を負担する
・空室リスクを負う
・売却価格の下落リスクを負う

など、借主とは別の種類のリスクを負っています。

つまり、「借主が強い」というより、

借主には強く保護されるべき理由があり、大家には所有者として負担すべきリスクがある

と整理する方が正確なのだと思います。

大家は本当に弱者なのか?

もちろん、大家には強い部分もあります。

・物件を所有している
・家賃収入を得られる
・資産価値を持っている
・借主を選ぶことができる(入居時のみ)
・契約条件を設定できる

したがって、「大家=弱者」という表現も、実は正確ではありません。

むしろ、

大家は「資産を持っている強者」であるはずなのに、「賃貸経営の現場では意外と自由度が低い」

という二面性がある、というのが実態に近いのだと思います。

区分マンション投資では、この二面性がさらに強まります。一棟アパートと違い、区分マンションは自分一人ではコントロールできない要素が多いからです。

例えば、

・管理規約
・管理組合
・修繕積立金
・管理費
・大規模修繕
・共用部分
・建物全体の方針

などです。

つまり、

自分の物件なのに、自分だけでは決められない

という構造があります。

ここから言えるのは、

区分マンション投資は、不動産を所有する投資であると同時に、他人・市場・管理組合・法律に囲まれた投資でもある

ということです。

それでも区分マンション投資を続けるのか?

この記事で言いたいことは、「借主が強くなるから区分マンション投資はダメだ」ということでは決してありません。

思っていたより大家は強くない。だからこそ、その前提に立って投資判断をする必要がある、ということです。

この点をよく踏まえたうえで、家賃の変化や修繕費・管理費・税金の上昇なども考慮しながら、10年後、20年後のキャッシュフローを見積もり、区分マンション投資を続けるべきかどうかを見極めていく必要があります。

つまり、

不動産投資で本当に重要なのは、大家が強者か弱者かではなく、自分がコントロールできないリスクをどこまで許容できるか

という点なのだと思います。

まとめ

今回の記事は少し長くなりましたが、要するに何を伝えたいのかと言うと、「区分マンション投資は難しい」ということです。

少なくとも、サラリーマンの副業感覚で片手間に手を出してしまうと、多くのケースで痛い目に遭います。

不動産を所有していても、大家が自由に振る舞えるわけではありません。賃料収入は市場に拘束される一方で、コストは上昇し続ける可能性があります。さらに住宅という性質上、法律上で借主にはかなり強固な保護があります。

そして厄介なのは、区分マンション投資に不用意に手を出したあと、「これはまずい」と気づいて何か対策を打とうとしても、やれることは結構限られます。株式投資のように簡単に売却してポジションを解消できるわけでもありません。それだけ、自分ではコントロールできないリスクが多いのです。

すぐにでもやれることがあるとすれば、支出を減らし、収入を増やし、繰り上げ返済の原資をかき集めて、できるだけ早くローンを完済することでしょう。それによって、金利上昇リスクを避け、利息負担の軽減によるキャッシュフロー改善を図るくらいしかありません。

多額のローンを抱えた状態では、あらゆる交渉で不利な立場に置かれます。これは、大家が弱いのではなく、ローンによって大家自身が『家賃収入を失えない状態』に追い込まれているためです。

一方、ローンがなければ、たとえ家賃収入が途絶えたとしても致命傷にはならないため、強気な交渉に臨むことができます。
正当な理由さえあれば、市場原理に従って家賃を上げることは、十分に可能なのです。

足元を見られすぎると、損をしてばかりになってしまいます。その点を十分に認識しておかなければ、不動産投資としてまったく成り立たなくなってしまうのは明白です。

このように書くと、「借主 vs 大家」という対立軸を作り出しているように見えるかもしれません。しかし、対立の話をしたいわけではなく、収入と支出のキャッシュフロー構造が一度傾いてしまえば、元のバランスに戻すのが非常に難しくなるという点を伝えたいのです。